
吸収分割の手続きの流れ
吸収分割の手続きの流れは、以下のように進んでいきます。

2.労働者保護手続き(分割会社)
分割会社の従業員に対し、労働者保護手続きを取ります。また、吸収分割は部分的包括承継であるため、労働契約を承継する上で、原則、従業員から個別の同意を得る必要がありません。労働者は転籍に対して拒否権を持つことができないため、救済措置として労働者保護手続きが設けられています。
大きく以下の流れで手続きを行います。
①7条措置(労働契約承継法7条)
吸収分割を行う背景・理由などに関して、分割会社の労働組合や過半数代表者と協議を行うことで労働者側に理解してもらい、協力を得ます。
②5条協議(商法等の一部を改正する法律(平成12年法律第90号)附則第5条)
分割会社の労働者と個別に協議を行います。この協議が未実施もしくは不十分であると判断された場合、吸収分割の無効原因となるため注意が必要です。
③労働者・労働組合への通知
④で実施する異議申し立てのために必要な情報を該当する労働者・労働組合に対して書面で通知します。
④労働者による異議申し立て
吸収分割の実施において利害関係がある労働者は吸収分割に対して異議申し立てをすることができます。承継会社への移籍もしくは分割会社への残留など、吸収分割契約の内容を覆すことが可能です。
3.関係者への通知
3-1.債権者保護手続き
承継会社の債権者は吸収分割の実施に対して異議を申し立てる権利があります。これは吸収分割の実施により、債権者が損失を受ける可能性があるためです。一方で、分割会社の債権者も異議を申し立てることが可能です。ただし、分割会社に対して債務の履行を請求できない場合に限られます。これは、債務を負担する会社が吸収分割によって変更される場合、利益保護の手段を与える必要があるためです。
債権者保護手続きを取る場合には、効力発生日の前日から数えて1ヶ月前までに、分割会社は吸収分割の実施に関する一定事項を官報に公告し、把握している限りの債権者に対して個別に催告する必要があります。もしくは、定款に定めがある際にはダブル公告とよばれる日刊新聞紙または電子公告と官報への公告でも可能です。
異議申し立て期間中に、債権者が異議を申し立てなかった場合には、吸収分割の実施が承諾されたとみなします。債権者保護手続きの詳しい内容、吸収分割以外を含めた手法ごとの要否の違いは以下の記事にて詳しく解説しています。
▷関連記事:事業譲渡などM&Aにおける債権者保護手続きの要否は?
3-2.株主への通知・公告
債権者と同様に株主に対しても保護手続きを行います。吸収分割の実施に反対する当事会社の株主は、会社に対して「公正な価格」で株式の買い取りを請求することができます。
「公正な価格」とは大きく2つの観点から決定されます。
・吸収分割の実施によりシナジー効果が生じて企業価値が上昇する場合には、その価値を織り込んだ価格
・吸収分割の実施により企業価値が低下・維持する場合には、吸収分割を実施しなかったものと仮定する価格
なお、算出の基準とする株価は反対株主が買取請求を行った日の株価となります。また、吸収分割の効力発生日の20日前までには吸収分割を実施する旨・当事会社の商号・住所を株主に公告・通知する必要があります。
4.開示書類の事前備置
上記の株主や債権者の保護のために必要な情報を提供することを目的として、必要な書類を本店に備え置く必要があります。据え置きの期間は、以下のいずれかのうち一番早い日から分割の効力発生日後6ヶ月を経過するまでです。
・株主総会の実施日の2週間前
・株主に対する通知・公告のうちいずれか早い日
・債権者に対する催告・公告のうちいずれか早い日
5.決定機関の承認
株主総会にて特別決議を行い、分割の効力発生日承認を得る必要があります。吸収分割の実施可否の承認を承継会社から取得します。なお、略式吸収分割や簡易吸収分割の場合には取締役会からの承認に置き換えることが可能です。
6.効力発生後の手続き
当事会社は共同で分割に関する一定事項を記載した書類を作成し、効力発生日から6ヶ月間、本店に据え置く必要があります。また、効力発生日から数えて2週間以内に、変更登記を本店の所在地の登記所で行う必要があります。
7.その他の手続き
最後に、会社法で定められた手続きとは異なりますが、実施後に対応する手続きがあります。
7-1.適時開示
親会社が上場企業である子会社が吸収分割を行う場合、適時開示*1を行う必要となることがあります。また、親会社が有価証券報告書提出会社であるとき、子会社が吸収分割を実施することに関して臨時報告書の提出が必要となる場合があります。
*1 適時開示:金融市場の公正性・健全性を保つため、一定の会社情報を投資家に対して開示する義務を指します。
7-2.独占禁止法の届出
・いずれか1社(全部承継させる分割会社)の国内売上高合計額が200億円を超え、かつ他のいずれか1社(全部承継する承継会社)の国内売上高合計額が50億円を超える場合
・いずれか1社(全部承継させる分割会社)の国内売上高合計額が50億円を超え、かつ、承継会社の国内売上高合計額が200億円を超える場合
・いずれか1社(重要部分を承継させる分割会社)の国内売上高合計額が100億円を超え、かつ、承継会社の国内売上高合計額が50億円を超える場合
・いずれか1社(重要部分を承継させる分割会社)の国内売上高合計額が30億円を超え、かつ、承継会社の国内売上高合計額が200億円を超える場合
ただし、同一の親会社内で子会社同士の吸収分割をする場合、届出は不要になります。
7-3.許認可の届出
吸収分割は包括承継となるため、届出を出すだけで分割会社から承継会社へ許認可を引継ぐことができます。しかし、全ての許認可を引継ぐことはできず、承認が必要なもの、引継ぎができず再度申請が必要なものも存在します。申請を忘れてしまうと事業運営ができなくなってしまうため、早い段階で確認しておきましょう。
自社の事業が引継げるのか、届出を出す場合どこに出すかは以下の記事より確認しておきましょう。
▷関連記事:会社分割時に許認可の再取得は必要?業種ごとに異なるルールに注意
会社間で分割契約を締結する
吸収分割を行うためには、当事会社間で吸収分割契約を締結しなければなりません。契約書には、当事会社の商号や所在地、分割対象となる事業や資産、対価に関する事項、効力発生日といった一定事項を記載する必要があります(会社法757、758条)。
株主総会による承認
契約締結を承認するために、当時会社において、株主総会における特別決議が必要となります。
効力発生後の手続きのルール
吸収分割の効力発生後は、事後書面について、本店への備置が必要です。当事会社は共同して、分割の効力発生日後遅滞なく、分割に関する一定の事項を記載した書類を作成し、効力発生日から6か月間それぞれの本店に備え置く必要があります。
上記はすべて、会社法で定められている手続きです。規定通りに行われなかった場合、例えば債権者保護手続きを行わなかった場合などには、吸収分割の効力が無効となる可能性があります。そのため特に注意して進行しましょう。
吸収分割の登記手続きで必要な書類
最後に、吸収分割の登記を行う際、どのような書類が必要になるかについて解説します。
承継会社にかかる登記申請添付書類(一例)
・吸収分割契約書
契約締結の際に作成した契約書です。
・分割契約を承認した株主総会議事録(承継会社・分割会社)
吸収分割を承認した株主総会で、どのように承認されたか、総会の流れを議事録にまとめたものを作成します。
・債権者保護手続き関係書面
債権者保護手続き通知、対応の内容についての書面です。
・新株予約権証券提供公告の実施を証する書面(または株券を発行していない旨を証する書面)
官報公告掲載を証明する書面です。
・分割会社の登記事項証明書
経由申請(承継会社と異なる管轄法務局への提出)の場合に必要です。
・資本金の計上証明書
・株主リスト(承継会社・分割会社)
当時会社の株主をリストアップし、一覧表にします。
・委任状
司法書士に登記を依頼する場合は、委任状が必要です。
まとめ
吸収分割を実施するには、会社法で定められた手続きを行う必要があります。期日を守り、契約書や通知書面などについても定められた通りに作成し備え置く必要があります。正しく進まなかった場合には、効力が発生しない可能性があります。数ヶ月程度の時間を要するため、早い段階から準備を進めておきましょう。
吸収分割の流れは会社の状況に応じてさまざまなケースが想定されます。不明点があれば弁護士や司法書士に相談してみるのがよいでしょう。